Kyohei Sorita

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  • 「MUSIC AND ARTS」にカナダ公演のレビューが掲載されました

    2023.05/25

    見事なデビュー
    ショパンを弾くピアニストは数多いる。しかし、本当の意味でショパンを演奏できるピア
    ニストは、今日のハイレベルな演奏技術をもってしてもごく僅かしかいない。幸いにも反
    田恭平は、その僅かなピアニストのうちのひとりであることに間違いはなく、カナダおよ
    びバンクーバーでのデビューとなった昨日のオール・ショパン・リサイタルにおいて、そ
    れを十分に証明してみせた。感動させることよりも感動を求めた演奏で、私たちの最大級
    の期待を超えてみせた。
    私は『ポロネーズ変イ長調』(Op. 53)でリサイタルを始めた、もしくは始める勇気のあ
    るピアニストを他に思い出せないし、この大ポロネーズのテーマ「ダンス」をこれほどま
    で鮮やかにした、あるいはダンスのリズムに軽さを加えたピアニストを思い出せない。ホ
    長調部分の左手のオクターブのパッセージでは、反田は鍵盤を強打することなく軽く左手
    をトスする芸当を見せた。メランコリックなCセクションでは、私がこれまで気付かなか
    った細部を明らかにした。そして、そこから作品の終結部に向けて、反田はとてつもない
    緊張感を高めていった。
    『ワルツ 第3番 ヘ長調』(Op. 34)では、魔法のような指さばきで、息をのむほど軽やか
    に演奏した。反田は装飾音符の上行部分(83-84小節)とそれに続く下行部分(87-88小節
    )において、素晴らしい魅力と本物のユーモアのセンスで音楽を表現した。ショパンの作
    品中もっともリズム的に難しい曲のひとつで、圧巻のパフォーマンスをみせた。
    技術的に難しい『マズルカ風ロンド』(Op. 5)で反田は、楽器演奏上のハードルを越え、
    真にマズルカのリズムを「感じている」ことを示した。と同時に、まるでオルゴールのよ
    うな音楽の質で作品の魅力を引き出し、それはまるで作曲家による即興演奏を聴いている
    かのようであった。
    『アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ』(Op. 22)の冒頭部分は、ショパ
    ンの作品の中でもっとも魅惑的なメロディ(実際、素晴らしいことを語っている)のひと
    つを含んでいるが、反田はそれをこの上なく美しく、この上なくなめらかなレガートで演
    奏した。リサイタル冒頭の曲『英雄ポロネーズ』の演奏でみせたように、反田は再びショ
    パンのダンスのリズムに命を吹き込んだ。完璧とは言えない演奏の場合、この曲は聴き手
    におそらくテーマがあまりにも頻繁に繰り返されるように感じられる。しかし反田の圧倒
    的な演奏では、どういうわけかポロネーズのテーマは一つ一つわずかに異なり、新たな活
    力をもっていた。
    休憩を挟んだ後半、反田は『バラード』全4曲を披露し、聴衆に息つく暇を与えなかった
    。『バラード』は1曲演奏するだけでも大変だが、それを全曲演奏するともなれば、この
    偉業を成し遂げようという度胸は言うまでもなく、アーティストにはテクニック、スタミ
    ナ、音楽性、そして理解力が求められる。反田は間違いなくこれらすべての資質を持って
    いることを示してみせた。よく知られたこれら4つの『バラード』それぞれにおいて、反
    田は新しいアイデアとかつて聴いたことのない新しい美しさを見つけ出すことに成功した

    頻繁に演奏され、聴かれている『バラード 第1番』(Op. 23)でさえ、彼の手にかかれ
    ば新鮮に響く。スケールの大きなこれらの4曲は、一連の美しいエピソードとして演奏さ
    れることが多いが、この日は有機的な統一感を持ち、1つのアイデアが別のアイデアに溶
    け込んで、より大きなデザインを構成しているかのように演奏された。
    それぞれの作品において反田は優れた語り手であり、遠い昔や遠い国の物語で我々を楽し
    ませてくれる素晴らしい吟遊詩人だ。『バラード 第2番 ヘ長調』(Op. 38)では、冒
    頭の和音が、めったにないことなのだが鐘のように大そう美しく響き、プレスト・コン・
    フォーコの部分とは対照的で、最良の意味で美しき夢想から叩き起こされたようであった

    『バラード 第3番 変イ長調』(Op. 47)は、圧倒的な喜びの感情と高揚感、そして音
    楽性に満ちていた。右手の鐘のような響きで始まった『バラード 第4番 ホ短調』(Op.
    52)は、どこからともなく流れてくるように演奏され、我々が耳にするよりずっと前から
    音楽が続いていたかのような感覚を覚えた。重要なコーダは一振りで演奏され、しかし同
    時に明快で、ショパンの後期の作品の特徴である対位法の複雑さが明らかに意識されてい
    た。
    この素晴らしい4作品の演奏によって、観客は長く大きな歓声を上げた。そして反田はこ
    の耳の肥えた観客に対し、アンコールとしてショパンの『練習曲 第12番 ハ短調』(Op.
    25)『マズルカ 第2番』(Op. 56)、シューマンの『献呈』(クララ・シューマンへの
    偉大な愛の歌、リスト編曲)の3曲を披露した。『マズルカ』で反田は、音楽から土の香
    りを引き出した。そしてシューマン/リストの『献呈』では、リストが意図したような超絶
    技巧をひけらかすことはせず、音楽に真の情熱と静かな恍惚とを与えた。
    短すぎる午後は美しさとインスピレーションに満ち、観客は何か特別なものと交流したと
    いう圧倒的な印象をもって会場を後にした。
    本公演で、私は2021年ワルシャワでのショパン・コンクールで抱いた、反田恭平はあの非
    常にハイレベルなコンクールで見いだされた真の芸術家だ、との印象を確認した。バンク
    ーバー・ショパン・ソサエティにとって、この若く傑出したアーティストのカナダデビュ
    ーを企画したことは一大事であった。この若き音楽家にとって、芸術の旅が無限で興味深
    いものになることは間違いないだろう。彼がいつでも星に手を伸ばすことができるよう願
    っている。

     

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